胞状奇胎(ぶどうご)と絨毛がん-1

私は開業医として不妊症・体外受精・分娩などの患者さんのために力を尽くしていますが、若い頃は名古屋大学医学部産婦人科で胞状奇胎(俗にぶどうごと呼ばれる)や絨毛がんの患者さんの治療に当たっていました。

私の産婦人科教室の恩師は、当時産婦人科の教授として全国的に名を知られた故石塚直隆先生(後に名大学長)です。

石塚先生は絨毛性疾患(ぶどうごや絨毛がん)の登録管理を全国に先がけて愛知県でシステム化された方で、そのおかげで早期発見・早期治療・化学療法によって多くの患者さんを救うことが出来るようになりました。

当時愛知県がもっとも進んでいたのです。

石塚先生はこの功績で中日文化賞を受賞されました。

私が産婦人科の医者になって産婦人科教室に入った頃は絨毛がんの患者さんの死亡率が80%以上でしたが、産婦人科教室を離れる頃は5-10%にまで低下しました。

特殊ながんですが、化学療法が劇的に効く疾患としてもっとも注目されていました。

私は非常に予後の悪い疾患をほとんど治癒するところまで持っていけた時期に、治療法の研究に従事できたことを大変幸せに思っています。

胞状奇胎(ぶどうご)は妊娠して胎児を守り栄養を供給する役目の絨毛膜(後に胎盤となる)の細胞が袋状の水腫を作り、子宮の中をいっぱいに満たしてあたかも透明のぶどうのようになるものです。

350-500妊娠に一回発生します。

この疾患は不思議なことに欧米のコーカシア人(白人)には少なく、東南アジア、特にフィリッピン、ベトナム等に高頻度に見られます。

ハワイの日系人にはそれほど多くはないのが興味深いところです。

完全奇胎と呼ばれるものは妊娠した卵の染色体異常によるもので、胎児はできません。

いっぽう部分奇胎と呼ばれる胎盤の一部の変性で胎児が存在するタイプもありますが、これは流産の一種で悪いものではありません。

以前はとてつもなく多量のぶどうごが子宮を充満し、手術時にバケツを用意するようなケースもありましたが、最近は超音波の発達で早期に発見されるようになりました。

胞状奇胎の患者さんは子宮内容を2回以上清掃します。ぶどうごになったからといって子宮を摘出する必要はありません。

手術後の管理が重要で、10人に1人侵入奇胎、100人に2-3人絨毛がんが発生しますがきちんと管理して早期発見すれば予後は良いのです。

特に経過が悪くなければ数ヶ月で避妊を解除します。

あとの妊娠に問題はありません。

胞状奇胎と絨毛がん-2


 ぶどうごの侵略、そして凶悪化

前回、胞状奇胎(ぶどうご)というのは妊娠したときに胎盤の細胞でつくる絨毛が水ぶくれになり、あたかもぶどう状の半透明のつぶになると説明しました。

これがただのャ産で済めばよいのですが、約10人に1人侵入奇胎が発生します。そして約100人に1人が絨毛がんになるのです。

侵入奇胎ーぶどうごが子宮の壁の中に侵入する。

 胞状奇胎の手術後に通常の流産のように終わって正常に戻れば良いのですが、ホルモン(hCGという胎盤の絨毛からでるもの)が高値を続け、基礎体温が正常に戻らなければどこかにぶどうごが残っていると判ります。

通常5-8週で診断されます。この場合はほとんどが子宮の壁の中に入り込んでいるのですが、血管の中に入って肺まで転移していることもあります。

 この侵入奇胎を放置するとがんになります。以前は破壊性奇胎と呼ばれていました。

子宮の壁の中に入り込んで組織を破壊するたちの悪いものですが、化学療法(抗癌剤)が良く効くので、きちんと診断・治療すれば心配いりません。ごく稀に手術をすることもありますが、通常は子宮を残して薬だけで治すことが出来ます。

その後妊娠・出産も可能です。

絨毛がん(ぶどうごの細胞がばらばらに侵略し、血管に入って全身に拡がる)凶悪な病気です。

ぶどうごの後、半年から数年たって起こってきます。

ぶどうごの100人に1人に起こりますが、ぶどうごがなくても正常妊娠・流産のあとでも起こることがあります。

ときには子宮を通り越して肺に腫瘍を作り、脳・肝臓・腎臓その他に転移することもあります。

絨毛癌は血管の壁を食い破る性格を持っているため、それぞれの場所で出血を起こして発育します。

特に肺や脳の病巣が命取りになるのです。

昔は100%死亡した病気でしたが、がんとしては抗癌剤が特に有効で、次々と良い薬が開発されて現在は90%以上の治癒率が挙げられています。

がんは一般的に40-50歳ぐらいから上の病気ですが、この絨毛癌は若い女性にも起こる病気です。

私が大学病院でこの病気の治療に当たっていた頃はまだ半数の方が亡くなっていた時代で、いろいろ悲しい思いをしました。

山登りが好きでエッセイを書いていた一流大学文学部卒の Aさん、学校の先生で子ども達の教育について一生懸命語ってくれたBさん、幼い我が子をじっと見つめていたCさん、そして「先生、わたし死ぬの?」と涙を浮かべて尋ねたDさんやEさん、忘れません。

今はほとんど亡くなることのなくなった絨毛がん。

それでも時に救えない患者さんもあります。

大事なことはこういう病気のあることを皆さんに知っていただくことではないでしょうか?